アークファイブ考察5 世界観について
そもそも、アークファイブの世界観はズァークはそれぞれ召喚法によって、分断された世界。
分断された世界だと思われるし、私も以前はそう思ってた。
各編にて、重要なシナリオがあるんですが、元を正せば、1つの世界です。
特に、本編のシンクロ次元編からエクシーズ次元にいたったとき、荒廃した世界をみてこう思った人もいたのではないか。
「シンクロ次元で革命が起こっていたら、シンクロ次元もエクシード次元と同じように荒廃していたのではないか」
ここで、シンクロ次元とエクシーズ次元の連続性をきちんと見せている。
これ、全次元もすべて同じ。
融合次元で思想が統一され、
シンクロ次元で秩序が革命が起こり、
エクシーズ次元で荒廃し、子供たちが絶望の果て自立し、
スタンダード次元(ペンデュラム次元)にて、再び思想の競争社会が起こる。
おそらくはスタンダード次元の時代が進めば、いずれ、また、思想が統一されて、融合次元に行き着く。
要するに、社会の形成段階がそれぞれ、融合、シンクロ、エクシーズ、スタンダード次元で見せられているだけ。
放っていればいずれ、次元は流転を繰り返すのだと思う。
スタンダードも、容赦ない塾社会だ。それが争い続ければ1つにまとまり、思想の統一が始まる。
ただ、それは所詮は長期的な視点での話。
もっと、短期的な視点でも、スタンダード次元以外にそれぞれの問題が浮き上がっている。
シンクロ次元では競争が人間の優劣を決めてしまうこと。
エクシーズ次元では荒廃が進み、理想を抱けないこと
融合次元では思想の統一により、洗脳教育が進んでいること。
これらの解消が遊矢たちが抱えるべき問題であったわけです。
アークファイブ考察4 ペンデュラムの意味
前回まで
遊勝は理想、ズァークは理性だとお話しました。
ペンデュラム召喚は、父の与えたペンデュラムのペンダントがなければ始まらなかった。
つまり、この作品は、その2つの父の間で遊矢がペンデュラムとして揺れる作品であった。
要するに、ズァークと遊勝、理性と理想は互いに両極にあるペンデュラムスケールに置かれている。
つまり、迷いや葛藤をしながら、
理想と理性をどう引き継ぎ、どう答えを出していくか。
それが遊矢に課せられた主題というわけです。
すなわち、迷いや葛藤を肯定した作品。
生きることにおいて、迷っていい、自分で気付いて考えろ。
これがアークファイブの伝えたかったことではなかろうか。
というわけで、ここまでで1話です。
始まってすらいません。
ほんと、アークファイブは2周前提です。
融合、シンクロ、エクシーズにそれぞれ意味があるように
ペンデュラムにもそもそも「◯◯であって◯◯でなきもの」という、
両具性があるように感じます。
ズァークもそもそも、『遊矢であって遊矢でなきもの』と表することができる。
ここまで書いて、私も当時アークファイブの視聴者でして、炎上に巻き込まれた側の人で、確かに、アークファイブにあまりいい感情をいだきませんでした。
ゼアルまでは、結構主張が簡単で、それは感じることができるんですが、
アークファイブは碓たるものがない、そもそもあっちいったり、こっちいったり。
一番最初に述べたとおり、父性という読み方、自分で考えろって甘さを切って読むと、めちゃくちゃすっと入ってくるんです。
いずれ、本編に関しての考察もやっていきたいと思います。
しばしお待ちいただければと思います。
最後に、遊戯王文庫版の第6巻にこんな事が書いてある。
森羅万象、この世界に存在するすべてのものは、二つの相反する性質で作られていると言われています。
光と闇、表と裏、善と悪、天と地、それらは『遊☆戯☆王』のテーマでもあります。
人間の心の振り子も、様々なエネルギーで揺れ動いていて、それは善にも悪にもなり得るわけです。この世界に重力があるように、自制心をもって生きる事が最も大切だと思うのです。
つまり、遊戯王アークファイブはここからスタートしているように私は感じます。
もう少し書きたかったですが、今回はここまで。
アークファイブ考察3 ズァーク 理性と創造のペンデュラムスケール
前回、榊遊勝を解いたので、今回はズァーク。
ズァークについてはまた、詳しくやりたいので今回は、さっくり行きます。
ズァークって、わかりにくい存在だと思います。
本人からの描写が少なく、ラスボスとして然としている。
私も彼については悩みましたし、公式からヒントみたいなものもないため、ここから考察になります。
ちなみに、チャットGPTで5,6チャット費やしたのはだいたい彼のせい(爆
でも、それほど人間らしくて悪役らしい悪役で、アークファイブでお気に入りとなってしまったのはここだけの話。
まず、一言でズァークをまとめると『悟った者』といえる。
悟った者、悟ってしまった者。
ズァークはかつてのデュエリスト。
おそらくは、観客を笑顔にしたいという心があった。
しかし、激しいデュエルを望む観客の要望に答えてしまい続けた結果、
壊れてしまった。
壊れてしまったというより『人間ってこんなもんだ』と悟ってしまった。
これが悟りです。結局、彼がどんなに理想を追求したとしても、彼の観客は変わらなかった。彼らの心には通じないんですね。
遊勝が「笑顔が大切」って言ったら、
ズァークは「結局、笑顔なんて偽り」
となんて答える。
もう、彼には言葉が通用しないんですよ、なぜなら、全部見てきたから。
それをわかってしまったから、ズァークは自分が人間でいるのが嫌だった。
なぜなら、「人間ってこんなもんか」って悟った同じ地点に自分もいるから。
だから、最終的には、人間をあきらめて竜と一体化することを選んだ。
自分が竜に逃げることで、人間であることを遠ざけることにした。
なぜ臆病か、負けるのが嫌いか。
一言で言うならば、負ければ人間に戻ってしまうから。
一度否定した人間に戻るのが彼は怖いわけです。
そのために、人間を世界からなくす。
自分が人間でいられなくために。
要するに、揺れるペンデュラムに対して、
理性の側でペンデュラムが揺れずに振り切ってしまったわけです。
そこから物語が始まるわけです。
アークファイブ考察2 榊遊勝 理想のペンデュラムスケール
榊遊勝は、アークファイブでも特に悪評高いというか、視聴者に理解を得られなかった人だと思います。
愛はあるんです、父として。
でも、どちらかというと、やっぱり、ダメ親の分類になる。
彼は理想主義者。
理想ですべて突っ走る人。
高い理想が問題点。
スマイルワールドっていうカード。
何故か、遊戯王1嫌われたカードなんです。
デュエルで笑顔になる、それは素晴らしいこと。
でも、頭に『営業』つけてみてください。
営業スマイル・ワールド
嫌になるでしょ?
みんな笑顔を取り繕って頑張ってるのに、なんで笑顔が大切だ、いつも笑顔でいなきゃならなんの。
デュエルでストレス解消したっていいじゃんって。
押し付けられると嫌に感じるものなんです。
遊勝のエースモンスターは、スカイマジシャン。
いつも、空を飛んでいる。
なぜ、『空』なのか。
つまり、彼の視点は空から下を見る、という点。
要するに、上から理想を掲げて諭し、人の苦しみを見ない。
遊矢もエドも自分の教え子もほったらかしして、いざなにかあれば、真っ先に自分の身を最優先に守ってしまう。
これと対照的なのが、遊矢のオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン。
彼は、空を飛ぶことができない。
もちろん、融合体で空を飛んだり出来はするんだけど、そのままのオッドアイズは地を走ることしかできないんです。
つまり、彼の視点は空から下を見るというのが、彼の根本的な視点です。
先程も書きましたけど、
零王を説得するといって、ストロング石島戦すっぽかして、
エクシーズ次元で塾開いたり
遊矢にも笑顔が大切、といって理想を教えたっきり、消えたり、
エドに対しても、完全な和解をせずに終わり、
エクシーズ次元では塾を開いて、理想を教えて消え、
融合次元ではまたまた塾を開いて、教え子犠牲にして逃げる
もう、やってることがとんちんかん。
零王説得しに行くなら説得しにいけよ、と視聴者全員突っ込んだことかと思います。
確かに、理想を掲げることは非常に大事。
デュエルは人を笑顔にするもの。
彼の理想は、ある一定の人たち、その視点を持たない人たちにとって、理想を与えるには十二分なんです。
ただ、それが全員じゃない。
その理想を受け付けられない人もいるし、その理想で苦しむ人もいるんです。
特に、遊矢は後者でした。
それでも、父の理想を引き継ごうとするのが、遊矢なわけです。
実際、彼の理想が素晴らしかった、しかも、アクションデュエルの第一人者であり、遊勝塾の塾生徒も多かったはず。
でも、実際は、零王率いる、LDSのほうが潤ってしまって、遊勝塾は閑古鳥なんです。
もしかしたら、アクションデュエルとエンタメデュエルの相性がよかったせいで、時の人になっただけかもしれない。
見ていただいた通り、彼は、ハナから負け組なんです。
だけど、作中はとりつくって良い人に見せようとしてくるから視聴者的に苦しんだ、ということなのでは、と思っています。
榊遊勝は、理想を信じて飛び立った人。
でも、理想はときに、地上に残した人を見えなくしてしまう。
だからこそ、彼の息子・遊矢は、地に足をつけて笑う。
理想を掲げる父と、現実で笑う息子――
その間こそが、ARC-Vというペンデュラムの「揺れ」なんだと思います。
追記があれば書きます。
アークファイブ考察1 二人の父を継ぐ遊矢
前回、アークファイブは千年杖の継承だとお話しました。
ただ、全体を通して、統一感があまりなかったため、結局アークファイブはなんだったの? という感想をもった方が多かったように思います。
確かに、私も初見は同じ感想でした。
この作品、『遊戯王もうわかってるだろ?』って、少し視聴者を見ているところがあって、既存の遊戯王の情報にフェイクを入れてわかりにくくしているところがあります。
あっ、ここフェイクなんだってわかると、結構アークファイブって見えてくるところがあります。
前回、アークファイブは、千年杖の継承、他人を支配する力ではなく、父から受けた呪いが本分だとお話しました。
それが、遊矢にとって、遊勝とズァークだと。
ズァークと遊矢は同一人物なのでは?
実は、ズァークは遊矢ではありません。
もう少し、作品風に言えば、ペンデュラムというカードそのもの、『遊矢であって遊矢でなきもの』という立場なのですが、もし、わかりにくければ、別人だと扱っていただいて差し支えない。
いわゆる、ズァークは遊戯王歴代の『もう一人の僕』的な立場である彼なのですが、その関係性は、他人である。
そして、実は、遊勝と同じく、遊矢にとっての『父の立場』がズァークである。
つまり、遊矢には二人の父がいて、遊勝とズァーク、二人を受け継いでいるのが、遊矢という存在なのである。
そもそも、ペンデュラムって実は2つの意味があるんです。
1つはご存知ペンデュラム召喚。
そして、もう一つが、遊矢の首にかかったペンデュラムのペンダント。
そして、ペンデュラム召喚を考えたのはズァーク、遊矢は使役者。
ペンデュラムのペンダントを与えたのは遊勝。
つまり、二人の父を継いだ、遊矢というのが主人公。
遊矢は、最初ペンデュラム召喚を生み出した、と誤解されるのですが、これ、考え出したのはズァークなんですね。
それは、後半でズァークが直々に言っています。
つまり、遊矢はペンデュラムを受け取った人、という位置づけになる。
だから、遊矢がペンデュラムを作ったっていったら、『なぜ作ったのか』とか、産みの苦しみとか、そういう話がメインとなってくるところが、実は一切、『創作や創造』の話には触れていない。
ペンデュラムの意味を考えず、ただ、使用できるものとして使えばいい、いわゆる、使役者です。
むしろ、『創作や創造』の話を見ると、遊戯王セブンスとかのほうがわかりやすい構成になる。
セブンスは、何度も遊我のラッシュデュエルの存続を危ぶまれるが、遊矢は一切そういうことはない、むしろ、ペンデュラムはなんの妨害なく、皆に迎えられる方向にあるわけです。
普通、新しいものを作ったら、批判され、その中で成功を見せるのが『創造』だとしたら、アークファイブではそういうものが一切ない。
要するに、創造の力は実は遊矢にはないのである。
私も放送当時、創造の話かって思ってたら、全然そんなことありませんでしたよ。騙されたって、普通に思っちゃいましたw
すなわちですね、遊戯王アークファイブとは、遊戯王原作から脈々と受け継いできた、呪いの父、『槍を持つ父』の系譜を見事に継承していて、それを解消しようとするお話であったと、そういうわけなんです。
もっと噛み砕いていえば、『二世ってつらいぜ』みたいなものを主軸として書いているといったら簡単でしょうか。
次回からメインとなる遊勝とズァークについて、ボロクソに書いていきます。
ただ、そこもテーマに含まれていくので、そのあたりも含めてお待ち下さい。
アークファイブ考察 遊戯王後継作は千年アイテムを継承したもの
遊戯王後継作、いわゆる、GXから今に続く後継作、SEVENSまでは(GORUSHは未視聴のため割愛)主人公が、千年アイテムの呪いを引き継いだもの、と捉えています。
理由などは、よくわからないのですが、考察を進めて上で、こうしたほうが進めやすいのです。
もし、理由があるなら、逆に教えていただきたい。
私は、このブログでゼアルの考察をやっていて、
ゼアルは『千年錠の継承』、つまり、『生命の物語だ』と書きました。
ゼアルの物語はわかりやすかったので、なんとなく、千年錠ってわかったのですが、その時は、結構適当でした。
しかし、改めて検証したら、あれ? 他の作品も同じではないのか? と思ったのですが、ついに全部揃ってしまいました。
すなわち
GXは千年リングの話。マハードやバクラの話。
5dsは千年タウクの話。イシズの話。
ゼアルは千年錠の話。シャーディーやシモンの話。
アークファイブは千年杖の話。マリクやセト、瀬人の話。
ヴレインズは千年秤の話。シャーディの話。
そして、セブンスは千年瞳の話。アクナディンやペガサスの話。
としました。
適当につけたでしょ?
と思われましたが、話の骨格がまず『千年アイテムの呪いありき』です。
主人公が千年アイテムの呪いを引き継ぎ、それを解消、祈りに変える。それが、後継作の意味ではないのか、と思っています。
さて、アークファイブは、千年杖の継承です。
千年杖は、他人を支配することができる、古代編では、人の精神を石板に封じ込める。
それがアークファイブでは、振るうことをやめて『ペンデュラム』となって、垂れることになって揺れ、精神を閉じ込めることをやめて、精神を助ける力となった。
ということなのです。
ただ、杖の原作での持ち主は、マリク、セト、瀬人の3名。
分かる通り、この3名の特徴、『父の影響力』がめちゃくちゃ大きいんですよ。
そもそも、マリク父、剛三郎、アクナディン。ともすれば、毒親やダメ親と言われる人たち。
ダメ親を引き継ぐっていう構図がこの3名に色濃く出てる。
今回の主人公、遊矢にも、ちゃんとダメ親が存在する。
それが、遊勝と、ズァーク。
今回の場合、杖の呪いの解消などはそっちのけで、もしかしたら、『この呪いの解消』が本分なのかな。
なんて思ったりしています。
前置き長くなってしまいましたが、本格的な考察進めていきたいと思います。
アークファイブの見方《考察編》① 父性の強さ
ゼアルの配信が終わり、アークファイブ始まりましたね。
ゼアルの考察と歌っているこのブログですが、ゼアル考察が一段落(まだ深堀りできるところがあるのですが)したため、ゼアル配信中は、ゼアル配信を途中で切り上げ、一足先にずっとアークファイブを視聴してました。
一応、原作とゼアルが好きな筆者なのですが、他の作品も好きです。
ただ、ゼアルが一番自分ではピンと来てしまっただけです。
そもそも、なぜアークファイブ考察なんて始めようかと思ったかというと、自分の創作をしていて、父性を女の子に継承させる、という作品を作っていたのですが、父性と継承? というキーワードがもろアークファイブに通じるものがあるなと思ったからなんです。
アークファイブはクソアニメだし?語る価値なんてないよって、思ったらとんでもなくて、考察してもめちゃくちゃ楽しいです。
ちなみに、私は当時アークファイブをニコニコで見ていたのですが、バトルビートル戦、いいこと言ってるなあって思ってました。確かに少し悠長だとかの批判もありますが、今回はそちらの方は語りません。
ただ、最近は、AIが登場してきて、一人ではできない考察も、補助を受けながら深く考察をできたりします。
考察していくと、全体的にまとまっていて、主張はしっかりできていると思います。
何より、アークファイブ 考察で検索すると、まぁ、ひどい主張のブログしかないので、そこに一石を投じる形でブログを書いていきたいわけです。
【父性の強い作品】
アークファイブの特徴の1つ。
ともかく、父性が強い。
アークファイブっ前作と違って、とても男臭い作品。
出てくるメンバーどいつもこいつもキツいことしかいわない。
いわゆる、優しい感覚、包まれる感覚がまぁないに等しい。
柚子ぐらいしかないですわ。
ファイブディーズやゼアルにあったような、包んでくれるような、悟される感覚がないんです。
この作品、全体的に、答えを出してくれない。
負けても、突き放したまま
「自分で考えろ」
って作品、特に、最初の頃、遊矢のエンタメしてデュエルしても、投げっぱなしなんですね。
アークファイブ、勝っても負けても「自分で考えろ」が根底にあるので、
そこで「なんで答え出してくれないの?」って教訓的に遊戯王をみている人にとっては面を食らったのだと思います。
だから、エンタメを主題としている作品で、明るい作品なんですが、根底は「お前はどうする?」って突きつけてくる。
ただ、わりかし、原作、DM、GXまではそういう作品だと思うんですがね😁
この視点を超えてしまえば、アークファイブが見えてくるかなと思います。
是非、アークファイブを視聴するのであれば、この注意点をもって、みてみてください。